陸上自衛隊が今も、旧式の「突撃」訓練を続けている事実を
どれだけの国民が知っているだろうか。私も二見龍氏の『自衛隊は市街戦を戦えるか』(新潮新書)
を読むまで知らなかった。
その時代錯誤ぶりとリアリティーの欠如に驚く。
一方、市街地を予想した戦闘訓練は、一時期だけ取り組んだものの、
その後は行われていないとか。
二見氏は同著の後書きに、次のようなエピソードを載せておられる。「私が、第40普通科連隊長の職務を離れ、
栃木県地方協力本部(栃木地本)へ異動になったときのことです。
…90歳を過ぎて引退している(病院を経営されていた)
元軍医の方が会いたいと言っているという連絡が入りました。
私に伝えたい事があるというのです。
…当時陸軍中尉だったと仰るその元軍医の方が口を開きました。『今でも自衛隊は突撃を教えているのですか?』
本書でも触れたように、いまだに砲迫火力と対機甲火力で
十分に敵を制圧後、普通科(歩兵)が突入して地域を
確保することを教育し、訓練が行われていることを説明すると、
驚いた表情で『まだ、突撃は残っているのですか』と
呟かれたのです。『旧軍では、火力を使用した攻撃を教えており、
むやみに突っ込むような突撃を教えていません。
突撃などをするようになったのは戦況が悪化し、
武器・弾薬が欠乏してきたからです。
誤解されています。
突撃をすると多くの兵士の命が失われるだけです』その方は続けて、
『自衛隊は火力戦を基本としてください。
突撃をさせないでください。これが本日伝えたい内容でした』
…1週間後…その方が亡くなられたという連絡を受けました。
旧軍の時に経験した『突撃の悲惨さ』をいつか、
自衛隊の幹部に伝えなければという長年の思いを果たし、
旅立たれたのだなと感じました。部隊では、今でも突撃の要領を教え、訓練をしています。
『突撃に進め』という号令を聞くと、私の脳裏には
その元軍医の言葉が甦るのです」敵の陣地の手前で、施設部隊が(実戦なら多くの犠牲を払いながら)
地雷を取り除いた、地雷原の中の狭い(安全なはずの)空間を、
1列(!)縦隊で全速力で駆け抜け、地雷原が無くなった“らしい”地点
(施設部隊が予め目印の杭を打ち込むというが、
実戦でそれが可能かは大いに疑問)で、今度は横に展開。敵への射撃を行った後、登り斜面50~100メール先の陣地に突入し、
敵を倒してそこを奪取する。
…という訓練らしい。
もし実戦なら、その間に、どれだけ多くの自衛官の生命が奪われるか。
素人でもたやすく想像できる。日露戦争から大東亜戦争に掛けての実戦を参考に、
こうした手順が「教範(教科書)」に書かれていると言う。
「ハイブリッド戦争」とか「超限戦」(更に“超「超限戦」”)
の時代と言われる現代に、旧軍すら戦況悪化まで避けていたという
“消耗戦”型の戦い方を、教科書に載せ、正規の訓練として
延々と続けている事実を、どう理解すればよいか。
“一人前”の「軍隊」としてのリアリズムが僅かでもあれば、
このような状態が放置されることは、よもやあるまい。「戦力」未満の“非”軍隊ならではの現象と言うべきか。
“戦力不保持”を強制する「平和」憲法の下でこそ、
自衛官の生命を粗末に扱う戦闘を自明視する、
不合理なアナクロニズムが許されるのだとすれば、
まことに皮肉な事実と言う他ない。
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